【古木・池・古石・井戸】伐採・埋める時は、拝んでからやろう!

井戸・池・樹木・古石をいじる時

 

 こんにちはティカールです。

 住宅会社最大手で8年間営業としての経験を積み、スーパーゼネコンの営業職へ転職。数年後に独立し不動産業をスタート。平成20年より会社経営。現在、Fireを達成。毎年数件ずつ収益物件を買い進めている。

ロンくん
ロンくん

僕のおじいちゃんの家には大きな木、庭には池や立派な庭石、井戸もあるよ。でも、今誰も住んでいないので、いずれ解体することになると思う。何か注意することはあるかなぁ?

ティカール
ティカール

いいタイミングで相談んてくれたね(^^)。昔から言われてきたことなんだけど、立木を伐採したり、池・井戸を埋めたり、昔からある石を動かすのは、注意しなければいけないよ。神仏にお断りして、礼儀を尽くすことが大事なんだ。

ロンくん
ロンくん

お断り?礼儀を尽くす・・・ちょっと何言ってるかわからないよぉ~。

ティカール
ティカール

現代では、すべてが科学で解明されているような錯覚に陥るけど、建築や林業、自然石を扱う業界では、いきなり樹木を伐採したり、古井戸や古池を埋めたり、石を動かしたり蹴とばしたりそういうことはしないよ

 これらをいじる際には、チャンとお断りして、やる方法がある。

 昔の人ほど、そういうのはわかっているよ。ただ、現代ではそれがわからない職人さんが増えてきている、建設業界の人にもわからない人が多い。従って、一般ユーザーにも伝わらないケースが多いんだ。だから、急にそれを何の気なしにすると、不幸な現象が起きたりする。

 昔から「こうした方がいいというもの」は科学万能の現代人には理解できないことも多いけど、やっておいた方がいい。僕の経験上、これは非常に重要なことなんだ。知らなかったじゃすまされない。命に係わることある。 

 やはり禍を受けないようにちゃんとやっておいた方がいい。

ロンくん
ロンくん

家を作るときに神主さんに拝んでもらう地鎮祭ぐらいしか、僕はわからないけど…これを機会に詳しく知りたいなぁ(^^)

ティカール
ティカール

分かった、ポイントを伝えるよ。それは、「お断りする」と「礼儀を尽くす」だよ。

 生活様式の変化に伴い、井戸や池を埋めたり、立ち木を伐採したり、庭石を移動・処分したり、また、新たに分譲地をつくるために山や農地を造成することがあります。その際、チャンと手続きを踏むことが大事です。信じる、信じないにかかわらず昔から伝わっていることを解説します。

この解説を読むと

  • 「実家の建て替えで解体・造成工事をする。」
  • 「樹木・立ち木を伐採する。」
  • 「庭の池を埋める。」
  • 「井戸水から水道水に切り替える。井戸を埋める。」

 以上の工事を考えている人の参考になります。「どこに注意して、どのように対処すればよいか」がわかります。そこで今回【【古木・池・古石・井戸】伐採・埋める時は、お断りしよう、礼儀を尽くそう!を通して工事に入る前に注意するポイント「についてを解説します。

ロンくん
ロンくん

そういえば、おじいちゃんが井戸にしめ縄やお供えをしていたことを思い出したよ。あれも関係あるのかなぁ?

ティカール
ティカール

昔の人は水の恵みへの感謝する心を持っていたんだね。

今回の記事でわかること
  • 古木を伐採するとき
  • 池を埋める時
  • 古い石、巨石の移動の時
  • 井戸を埋める時、蓋をするとき 
  • 以上の重要なポイント

 家づくりが初めての人、マンション・建売を検討している人、賃貸アパートを借りている人にも役立つ情報を、分かりやすく解説するので、ぜひ最後までご覧ください。

この記事は一つの考え方を示した記事です。科学的な根拠ありません。信じる信じないは、御自身の判断によります。その点、ご承知置きください。

ティカール
ティカール

僕は、神仏の存在や自然界に対する畏敬の念を持っているという立場だよ。だからみんなに勧めるけど、強制はしない。信教の自由だからね。

信じる・信じない・関心がない。すべて自由だ。これを読んで個人の責任で判断して対応して下さい。今回は総論的なことを述べるので、自分のケースにあてはまるか、詳しく知りたい人はご連絡ください。

では解説をはじめます。

古木を伐採するとき

 樹木を伐採するとき、いきなり切ってはいけません。

 まず、相手は私たちと同じ生き物です。(床屋や美容院でいきなり髪の毛を切られるのと「失礼します。」と言われて、鋏を入れられるのと、あなたならどちらが良いですか?)

どの位の立ち木の大きさからかは、決まりはありません。例えば古い神社の周囲を取り囲む御神木。見る人を圧倒する誰もが、神々しく思える樹木は当然ですが、住宅の庭木であっても人の背丈を超えるような樹木を伐採する際には、注意を要します。

 樹木には、精霊が宿ると言われています。御神木を見ると神々しく感じるのは私ばかりではないでしょう。時々、そういった場所に、休まれたり、留まられたり、しているそうです。

 また、昔話で天狗が木の上にいる絵がありますが、そういった自然霊と呼ばれる生き物(肉体を持たない))が行(ぎょう)をされているそうです。

 そこをいきなり伐採する。御不浄なこと(おしっこ)をすると、怒って、頭のけがをさせるようなことがあるそうです。(首から上にけがをさせるのは「上の方だぞ」という神仏からのメッセージ)

 また、枝が急に落ちて当たったり、山で遭難したり、岩が転がってきたりと、自然霊には力があるそうです。

 よって、きちんとお断りすることが大事です。 具体的には、神主さんにお願いして拝んでもらう。それから伐採することが大事です。(もちろん、神主任せにするのではなく、自分たちも祀りに出席します。)

池を埋める時

 戦後、高度経済成長期に建築された家では、庭と池を作るのが流行りました。当時、誰もが憧れた庭の典型的なモデルだったのです。しかし、都市化や子供の安全を考えて、池を埋めるケースがあります。

 池には、鯉が泳いていますが、鯉は龍の子孫と言われています。鯉の滝登りや、鯉が7つの滝を上ると、龍になれるなど、鯉と竜神との関係は昔から伝承されてきました。

 ご家庭の小さな池だったとしても、時々、竜神がお休みされていることもあるそうです。(見える人には見えるそうです。ちなみに私は見えません。)竜神(水龍神)がお休みになられている池を、いきなり埋めると良くありません。大きなメッセージを発してくることがあります。たとえば、水難の相(海でおぼれたり、浴槽で亡くなったり)が家庭に出たりします。

 実は、私の身内も一人、それで亡くなっています。後から知ったことですが、お断りせず危ないからとの理由で池を埋めたそうです。

 竜神(水龍神)は、単にそこでお休み(ご休憩)されているのではなく、時にその家に留まって守り、導いてくださることもある存在です。決して、怖い存在や、面倒くさいとか、やっかい者と思うのは間違いです。自然と人は本来一体だったのです。

 では、勝手に埋めた住人へ強い戒めを送る方が悪いのでしょうか。いいえ何も竜神が好んで、人を溺れさせたり、浴室で事故に合わせたりしているわけではありません。知らないとは申せ、やはり礼儀を尽くさない人間の方に原因がある、ということになります。ですので勝手に埋めてはいけません。

チャンとお断りすることが大事です。

古い石・巨石の移動(処分)

 神社に行くと、石にしめ縄をまわしている光景を目にしたり、石を御神体として祀っている神社がございます。石は非常に不思議な力、パワーを持っていると昔から信じられてきました。

 例えば、勾玉を身に着けたり、古今東西、石を身に着ける文化がありました。

 石の持つ力が強いことを古代の人々は知っていたのかもしれません。

また、石と意志は共に「イシ」と読みます。「stone is will」また、聖書にも「石叫ぶべし」など、石には意志があると。

 私はかつて石の職人に聞いた話があります。その職人は石と会話したり、木と会話したりできたうです。昔の庭師もそのように言っていました。会話して、その石と木が、一番似合う場所、行きたい場所に行かせてあげる。植えてあげる、そのようにして庭をつくっていたそうです。

 立派な日本庭園に行くと、なるほど、素晴らしい感覚が来るのも私だけではないでしょう。

 つまり、「石=意志を持っている。」と私は思っています。

 なので、私は庭石に勝手に登ったりせず、失礼します。と言って登ります。また、程よい高さの岩に腰掛けるのは失礼だから立っていましたら、「どうぞお座りください。」と岩に言われたことがあります。音声ではなく、声なき聞こえが聞こえました。

 相当、やばい奴と思われるかもしれませんが、そのように、石の様な無機物でも生きており、感情を持っています。伝えてくることがあるのです。

 そこで、移動するときにはお断りする、どうしても急な工事の場合には相手に語り掛ける必要があると思います。

「石さん、急な話だけど、駐車場が足りないから工事の為、移動します。よろしくね。」など、相手は生きていて意志を持っています。しゃべれないだけです。感情を持っています。

 声かけることを忘れずに。

井戸を埋める時 蓋をするとき

 井戸を埋める時、神主さんに拝んでもらうのは、かなり多くの人が知っているのではないでしょうか。昔の人は、1年に1回、水の恵みに感謝して、井戸にお供えをしていました。

うなぎ供養と針供養

 日本昔からの話。ウナギ職人は、年一回たらいに水を張って、ウナギの餌を蒔いて、食用にされたウナギに「さあ、ここにきて餌をお食べ。」とウナギ供養をしました。また、針仕事をする方は、折れた針を集めて豆腐に刺して針供養をしました。そのように、人間の為に、食べられることで奉仕した生き物や、人のために役立った針のような無機物にも命があると考えられてきました。日本人はすべてのモノに神が宿るという、世界的に見ても稀有な民族性を持っていました。

 水道設備がない時代、井戸は貴重でした。井戸が枯れるのはそこで生活できないことを意味します。かれずとも、濁れば、やはり同じことです。

 そこで、神主さんに拝んでいただいて埋めることが、とても大事です。また、蓋をする(コンクリート)場合には、井戸が呼吸をすることができなくなるので、竹筒、現代では猿臂のパイプを指して、井戸へ出入り口を確保することも大事です。(パイプに虫が入るからと言って、網をかぶせないように)

 井戸には、水龍がいらっしゃり、そのご家庭や地域に水の恵みを絶やさないよう守ってくれているそうです。そのような、大事なお水をいつでも家族に提供する働きをされる神様(水龍)をないがしろにすれば、大きなメッセージが来ると思います。

 そこで、神主さんに事情を話して、家族のなるべく多くの人が出席して、神主様に拝んでいただき、今日まで家族が水の恵みを頂いたことへの感謝を、一家の代表(家長)が供物を備えることが大事です。

結論(礼儀が大事)

 今日は、少し変わった話をしました。相当頭が行かれた、ヤベー奴と思われた方もいらっしゃったと思います。信じる、信じないはあなたの自由です。

 ただ私は、「神仏が宿っているかもしれない」と礼儀を尽くした方が、自分の心が平安でいられる、安心して工事ができる。だからしているだけです。

 相手も人間の事情は分かっているはずです。礼儀を尽くす人、礼儀を尽くさない人、どちらをどのように取り扱うでしょうか?

 昔、元気のよい小学生が、道ですれ違う人(犯罪者)に「おはようございます!」と大きな声で言ったそうです。その子は何もされなかったそうです。この話の真偽は定かではありませんが、強盗犯だって人の子です。感情があります。いわんや神様をや。

 礼儀を尽くす人の子を逆に感心してみていらっしゃるかもしれません。

 (ただでさえ、礼儀知らずの人間が、勝手に山を削ったり自然を破壊したり、メガソーラーをつくってはげ山にしたりする中で、チャンとお断りしようとする数少ない人間たちに、どうして禍を降りかかるようなことをするでしょうか?

 むしろ、「なかなか感心な人達だなぁ、人間界も捨てたもんじゃぁない。何かあったらこの家族を守ってあげないといけないなぁ。」と私が天狗や竜神なら思うと思います。

 余談

 昔「おぼれた子供を河童が助けた。山で迷子になった子供を天狗が助けて、里に連れ返してあげた」など話があります。自然の精霊と私たちは共栄して長年ずっとそばで暮らしていました。信じる信じないはあなたの自由です。

 今日のひとこと

 石も、木も、井戸も、池も、しゃべれないだけで、感情は持っている。だから、いきなり何かをするのではなく、きちんとお断りして、ものごとを進めよう! 

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